桜井俊氏の名がお茶の間まで一気に知れ渡る契機となったのが、2016年6月の舛添要一前東京都知事辞職に伴う「東京都知事選挙」での騒動でした。
当時、知名度と行政手腕を兼ね備えた大本命として、自民党都連幹部が俊氏のもとへ連日直談判に訪れました。「官僚トップの実績があり、スキャンダルと無縁」「息子の知名度も手伝って勝率は極めて高い」と政治部記者らの間でも有力視されていました。
しかし、俊氏は記者団のぶら下がり取材に対し、終始穏やかながらも鉄の意志でこう語り続けました。
「私にはそのような器論はございません。実務一筋でやってきた人間であり、政治家には向きません」
関係者の証言によると、この都知事選 出馬辞退の背景には2つの決定的な要因が存在していました。
- 実務家としての冷徹な自己分析:大衆の耳目を集めるポピュリズム政治家ではなく、組織を制度と論理で動かす官僚実務家であるという強い自負。
- 息子・櫻井翔への配慮と境界線:自身が政治の世界に足を踏み入れれば、当時すでに『news zero』でキャスターを務めていた翔さんが政治的公平性を問われ、活動に深刻な制約が生じるリスクを熟知していたこと。
政治的野心に流されることなく、家族の職業的自立と自身の矜持を守り抜いたこの辞退劇は、政治評論家や世論からも「潔い見事な引き際」として称賛されました。