妊娠5週目(排卵から約3週間後、生理予定日の約1週間後)に突如として基礎体温が落ち込む現象に直面すると、誰もが最悪の事態を脳裏によぎらせます。しかし、生殖医学の観点から体内動態を観察すると、体温低下を引き起こす決定的な生理現象が複数存在します。
妊娠初期の高温期を維持しているのは、卵巣の黄体から分泌される黄体ホルモン(プロゲステロン)です。プロゲステロンには脳の視床下部にある体温調節中枢に働きかけて体温を約0.3〜0.5度押し上げる作用があります。しかし、このホルモンの分泌量は一日中一定のフラットな数値を保っているわけではありません。ホルモンは脈動的(パルス状)に分泌されており、日内変動や日ごとの波が存在します。何らかの要因で一時的に分泌量の谷間を迎えた場合、体温が急激に0.2〜0.4度程度低下することは生理学的に珍しくありません。
また、妊娠5週前後は、黄体ホルモンの供給源が卵巣の「妊娠黄体」から、形成されつつある「胎盤」へと徐々に移行(ルテオ・プラセンタル・シフト)を準備し始める初期段階にあたります。このホルモン産生の移行期には一時的なバランスの揺らぎが生じやすく、基礎体温のグラフが一時的に下がる一因となります。
多くの妊婦が恐れる稽留流産(けいりゅうりゅうざん)ですが、臨床現場において「基礎体温が1〜2日下がったこと」単独で流産が確定することはまずありません。胎児の発育が仮に停止していたとしても、母体の体内には残留したホルモンが存在するため、高温期がそのまま継続するケースも多々あります。つまり、基礎体温の高低と胎児の生命力は、必ずしもリアルタイムで完全に連動しているわけではないという事実を認識することが重要です。