なぜロシア屈指の大富豪であったフェリックス・ユスポフ公爵と、皇帝の従弟であるドミトリー大公らは凶行に及んだのか。表向きの理由は「皇帝を操り、ロシアを破滅へと導く怪僧を排除し、ロマノフ朝ロシア帝国を救うため」でした。しかし、このクーデター劇の裏には、帝政内部の権力闘争にとどまらない国際的な謀略が渦巻いていました。
第一次世界大戦当時、ラスプーチンは連日のように夥しい死傷者を出す前線に心を痛め、ロシアの単独講和をニコライ2世に強く働きかけていました。もしロシアが東部戦線から離脱すれば、ドイツ軍の大軍兵力が西部戦線へ一挙に雪崩れ込み、イギリスやフランスは壊滅的な打撃を受けることになります。このシナリオを何としても阻止しなければならなかったのが、英国の秘密情報部(MI6)でした。
2000年代以降、イギリス国立公文書館の機密解除資料や元情報部員の手記調査によって、ユスポフ公爵のオックスフォード大学時代の学友であり、当時ペトログラードに潜入していたMI6工作員オズワルド・レイナーの現場関与が浮き彫りになりました。解剖記録に残る3発の銃創のうち、額の中央を撃ち抜いた3発目の弾丸は、ロシア側暗殺者が所持していた拳銃とは異なる「ウェブリー・リボルバー(当時の英軍制式拳銃規格)」によるものと推測されています。怪僧ラスプーチンの死因の最終打となったのは、超常現象でも神の奇跡でもなく、国家の命運を賭けた冷酷なプロの暗殺工作だったのです。