名門の令嬢として育った彼女だが、奢ることなく努力を重ねる姿が周囲を魅了してきた。高校時代にはアメリカ留学を経験し、英検1級やTOEIC高得点を取得するなど語学力を極める。その後、青山学院大学に入学。大学時代には硬式野球部のマネージャーを務め、猛暑の日も打撃投手の球拾いやスコアブックの記入を泥まみれになりながらこなしていたという。
実家の運転手が送り迎えをするという真の「お嬢様」でありながら、泥臭いグラウンドで愚直に選手たちをサポートするギャップ。当時から彼女を知る関係者は「決しておごらず、気配りと責任感に溢れていた」と口を揃える。この時代に培われた気配りの精神とタフさこそが、後のアナウンサー人生の大きな礎となった。