国会議員としての彼女は、まさに時代の寵児でした。2016年の国会審議において、匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね」を取り上げ、待機児童問題を社会的な大争点へと押し上げた追及劇は今なお語り草です。歯切れの良い答弁と鋭い追及力で民進党政調会長に抜擢されるなど、将来の首相候補とまで期待されました。
しかし、私生活をめぐる週刊誌報道による離党劇や、党派を超えた孤軍奮闘など、数々の激震に見舞われることになります。国民民主党への移籍などを経て、2021年6月、彼女は突如として次期衆院選への不出馬と政界引退を表明しました。
引退の理由として彼女が語ったのは、「永田町の枠組みや政党の論理に縛られることなく、プレイヤーとしてより自由かつ直接的に政策提言や社会貢献を行いたい」という決意でした。議員バッジを外す決断は世間を驚かせましたが、自らの信念を貫くための前向きな選択だったと言えます。