『酔って候』という言葉の響きには、日本の激動の歴史と文学的な深みが隠されています。その原点にあるのは、歴史小説の巨匠・司馬遼太郎が著した短編小説集『酔って候』です。
司馬の小説は、幕末の土佐藩主・山内容堂を主人公に据えています。容堂は自らを「鯨海酔侯(げいかいすいこう=鯨の泳ぐ海の酔いどれ大名)」と称し、酒に溺れる狂態を装いながら、薩長と幕府の間で高度な政治的駆け引きを行いました。時代の荒波の中で、本心を隠して酔狂を演じる男のダンディズムと孤独――これこそがタイトルの由来であり、核心のテーマです。
作詞家の阿久悠は、この歴史的モチーフを現代社会を生きる男の心情に見事に転換しました。そして、阿久悠の代表作『津軽海峡・冬景色』や『能登半島』の歌い手として絶対的な信頼関係にあった石川さゆりがこの詞を歌うことで、詞の中に潜む「時代の不条理と戦う人間の矜持」がより鮮明に浮き彫りとなったのです。