料理の出自をさらに深掘りすると、両者が歩んできた劇的な歴史のドラマが浮かび上がります。
大正時代の豪華客船「三島丸」で誕生した日本郵船発祥説
ドライカレーの起源として最も有力視され、社史や食文化史の記録にも残されているのが「日本郵船発祥説」です。大正時代(1911年頃)、欧州航路を運航していた日本郵船の貨客船「三島丸(みしままる)」の食堂で、船酔いに苦しむ乗客のために船上コックが考案したと伝えられています。
当時の船旅は過酷で、激しい波揺れによって食欲を失う乗客が後を絶ちませんでした。「通常のスープ状のカレーでは、揺れる船内でこぼれやすく、胃にも重い。なんとか香辛料の香りで食欲を刺激し、食べやすい料理を作れないか」という配慮から、挽肉と細かく刻んだ野菜を水分がなくなるまでじっくり煮詰め、白いご飯の上に載せて提供したのが始まりとされています。この挽肉ペースト載せスタイルが、後に陸上のホテルや名門洋食店へと伝播し、日本独自の「ドライカレー」として確立されました。
喫茶店文化とピラフ型の台頭、そしてカフェ飯定番メニューへ
昭和40年代から50年代にかけての純喫茶ブームにおいて、ドライカレーはもう一つの進化を遂げます。厨房設備が限られた喫茶店で、手早く提供できる軽食として「冷やご飯をカレー粉と具材で手早く炒めるスタイル」が爆発的に普及しました。冷凍食品メーカーが業務用ドライカレー(カレーピラフ型)を市場投入したことも重なり、多くの日本人にとって「ドライカレー=黄色い炒めご飯」という認識が定着していったのです。
平成から令和にかけては、エスニックブームやスパイスカレー人気の高まりとともに、カフェ飯の定番として「卵黄を落とした濃厚な挽肉キーマカレー」や「アボカドを添えた彩り豊かなドライカレー」が再評価され、両者の境界線はよりファッショナブルに融合しつつあります。