海に面していない内陸の高台である目黒が、なぜさんまの代名詞となったのか。その原点は、江戸時代から伝わる古典落語の名作「目黒のさんま」にあります。
物語は、江戸幕府の殿様(徳川家光あるいは某大名とも伝わります)が目黒の野原へ鷹狩りに出かけた際、空腹に耐えかねて立ち寄った庶民の茶屋から始まります。そこで供されたのは、獲れたてのさんまに塩を振って無造作に炭火で焼いただけの素朴な魚でした。普段は脂を徹底的に落とした淡泊な料理ばかり口にしていた殿様は、したたる脂と香ばしい風味に舌鼓を打ち、その旨さに深く感動します。
城に戻った殿様はさんまの味が忘れられず、屋敷の料理番にさんまを所望します。しかし格式を重んじる料理番は、「庶民の下魚」であるさんまの脂を健康に害があるとして徹底的に抜き、蒸して骨を抜き、冷め切った状態で差し出しました。ひと口食べた殿様が「これは誠に不味い。このさんまはいずこで求めたのか」と問うと、料理番は「日本橋の魚河岸にございます」と答えます。そこで殿様が放った一言が、落語史に残る名オチです。
「それはいかん。さんまは目黒に限る」
魚河岸のある日本橋ではなく、海から遠く離れた目黒を最上の産地だと思い込んでしまった世間知らずな殿様の滑稽さを描いた噺です。この伝統的な江戸落語のユーモアを現代の地域活性化と結びつけ、1996年に駅前商店街が、1977年から続いていた区民まつりが1990年代後半にさんま焼きを取り入れたことで、現在の2大イベントへと発展しました。