中野氏の名が世に広く知れ渡る決定打となったのが、卓球の福原愛氏との専属契約でした。この運命的なタッグの始まりは2008年北京五輪直後に遡ります。当時、世界屈指の技術を持ちながらも、過密日程による故障やフィジカル面のスタミナ不足、そして国民的スターゆえの凄まじいプレッシャーに悩まされていた福原氏陣営から、中野氏のもとへオファーが届きました。
当時の特番インタビューや自著・手記で語られた現場の証言によると、中野氏が最初に着手したのは「下半身の筋力強化」と「左右の筋肉バランスの徹底的な再構築」でした。卓球は前傾姿勢かつ非対称な動作が続く過酷な競技です。中野氏は福原氏に対し、従来の卓球界では敬遠されがちだった本格的なウエイトトレーニングを導入し、コート上で何時間でもブレない強靭な体幹と土台を作り上げました。
さらに注目すべきはメンタルケアの巧緻さです。中野氏は単なる精神論の励ましを排し、認知行動療法的な対話を通じてアスリートの不安を数値化・客観化していきました。その結果、2012年ロンドン五輪において、福原氏は日本卓球史上初となる団体戦銀メダルを獲得。大会後の会見で福原氏が中野氏への深い感謝を口にした場面は、フィジカルトレーナーという職業の価値を日本社会へ強烈に印象付ける契機となりました。同大会ではバドミントン女子ダブルスで銀メダルを獲得した藤井瑞希選手・垣岩令佳選手のコンディショニングも担当しており、マルチな競技で結果を出す「勝たせるトレーナー」の評価を不動のものにしました。