会津藩校日新館の歴史と白虎隊の原点|什の掟や体験・料金を徹底解説

会津藩校日新館の歴史と白虎隊の原点|什の掟や体験・料金を徹底解説

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会津藩校日新館の歴史は、江戸時代後期の1803年(享和3年)に始まります。当時、天明の飢饉などによって財政難と士気の低下に直面していた会津藩において、第5代藩主・松平容頌(かたひろ)を支えた家老・田中玄宰(はるなか)が進言した藩政改革「寛政の改革」の柱として創設されました。

「教育こそが国づくりの根幹である」という信念のもと、鶴ヶ城の西名手(現在の若松第一中学校付近)に建設された日新館は、敷地面積約3万平方メートル(約8,000坪)を誇り、諸藩の藩校の中でも群を抜く規模と充実したカリキュラムを誇りました。

会津藩の上級・中級武士の子弟は10歳になると日新館への入学が義務付けられていました。午前中は儒学(論語や孟子などの素読)を中心とした学問、午後は弓術、槍術、剣術、馬術、水術(水泳)、さらには天文学や医学、礼法に至るまで、徹底した文武両道の教育が行われました。

1868年の戊辰戦争において、16〜17歳という若さで飯盛山で自刃した白虎隊(士中二番隊)の隊士たちも、例外なく日新館で幼少期から切磋琢磨した門下生でした。彼らが見せた強烈な忠義心と礼節、規律正しい行動様式は、この日新館での徹底したエリート教育によって育まれたものに他なりません。

林 結菜
著者

林 結菜

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。