土屋太鳳が芸能界への第一歩を踏み出したのは、2005年5月のことです。角川映画・ソニーミュージック・Yahoo! JAPANが共同開催した全国オーディション「スーパー・ヒロイン・オーディション ミス・フェニックス」において、応募総数3万7,749名の中から、当時わずか10歳(小学5年生)にして最年少で審査員特別賞を受賞しました。
多くのティーン俳優が親や芸能関係者の推薦をきっかけとする中で、彼女の場合は極めて特異でした。当時の新聞やオーディション雑誌に掲載されていた募集告知を偶然見つけ、「自分自身の直感」で応募を決意したと、のちの自著やロングインタビューで述懐しています。幼少期から日本舞踊やクラシックバレエを習い、表現することへの強い情熱を抱いていた少女は、自らの意思で家族に熱意を伝え、エントリー用紙を送付したのです。
本名でもある「太鳳(たお)」という珍しい名前は、母親が懐妊中に見た「生まれたばかりの赤ん坊が正座して紙に文字を書いていた」という予知夢のような体験に由来します。その名に込められた強い生命力を証明するかのように、オーディションの最終選考では飾らない素朴さと驚くべき身体能力、そして澄んだ瞳の強さが審査員の目を釘付けにしました。