福岡県警および警察庁の統計によると、全盛期に1,000人を超えていた工藤会の構成員・準構成員等の勢力は、壊滅作戦以降激減を続けている。近年では最盛期の数分の一以下にまで落ち込み、組織の縮小傾向は止まらない。
傘下団体一覧に名を連ねていた各二次団体・三次団体でも、組員の高齢化、新規加入者の激減、資金獲得活動(シノギ)の封じ込めにより、解散届の提出や自然消滅が相次いでいる。離脱した元組員に対する社会復帰支援や就労支援も官民連携で進められており、組織への求心力は完全に失われた。
田中組という巨大な看板も、強固な統制力を誇った過去の遺物となりつつあり、実体としての組織活動は極めて限定的な水準に追い込まれている。