多くの人が抱く「絶対に開けてはならない箱を、なぜ別れ際にわざわざ渡したのか」という疑問。この謎を解く鍵は、乙姫という存在の正体と、異界の掟にあります。
民俗学的な見地において、竜宮城や常世の国は「時間の概念が存在しない不老不死の世界」です。人間がその領域に足を踏み入れた時点で、現世の肉体時間は停止します。乙姫が渡した玉手箱の中身とは、他でもない「竜宮城で滞在していた間に免除されていた、太郎の本来の寿命と時間の総量」そのものでした。
乙姫が「決して開けるな」と告げた理由には、主に2つの解釈が存在します。
ひとつは「現世との絶縁・異界への帰還パス」説です。玉手箱を閉じている限り太郎は不老のままでいられ、現世の儚さを悟って再び海へ戻れば、再び常世の国で永遠に暮らすことができました。しかし開けてしまえば、封じられていた数百年の時間が一気に肉体を襲い、二度と神の領域へは戻れなくなります。
もうひとつは、より冷徹な「乙姫の罠・復讐説」です。神仙の世界において、神女と契りを結んだ人間が俗世への未練から別れを選ぶ行為は、重大な裏切りを意味します。「開けてはならない」と言われれば、絶望の極限において人間は必ずタブーを犯す――その心理を見抜いた上で、不義理を働いた太郎に永遠の別れと破滅を与えるための呪具として玉手箱を手渡したという見立てです。善意の贈り物に見せかけた完璧な罠であったとすれば、童話の裏に潜む冷酷な人間心理のリアリズムが浮かび上がってきます。