1918年(大正7年)に群馬県高崎市で生まれた中曽根康弘は、東京帝国大学法学部を卒業後、内務省を経て海軍主計士官として第二次世界大戦に従軍しました。終戦後の1947年、28歳の若さで旧群馬3区から衆議院議員に初当選を果たします。この選挙区では、後に首相となる福田赳夫と激しい票争いを繰り広げ、宿命のライバル対決は「上州戦争」として政界史に刻まれることになります。
当選当初は青年将校を思わせる急進的な発言で「青年将校」「政界の暴れん坊」と呼ばれ、白馬に乗って選挙区を駆けるなど派手なパフォーマンスでも注目を集めました。自民党内では中曽根派を率い、河野派の分裂を経て独自の足場を固めていきます。情勢に応じて巧みに立ち位置を変える立ち回りから「風見鶏」と揶揄される時期もありましたが、それは権力闘争を生き抜く冷徹なリアリズムの表れでもありました。
【中曽根康弘の主な経歴年表】
・1947年:衆議院議員に初当選(連続20回当選)
・1959年:科学技術庁長官として初入閣
・1970年:防衛庁長官に就任
・1982年:第71代内閣総理大臣に就任(在任日数:1,806日)
・1985年:プラザ合意、日航ジャンボ機墜落事故への対処
・1986年:衆参同日選挙で自民党が圧勝(追加公認含め304議席)
・1987年:国鉄分割民営化(JR発足)、内閣総辞職
・2003年:小泉純一郎首相による定年制導入要請を受け、政界を引退
・2019年:11月29日、老衰のため逝去(享年101歳)