ふたりの出会いは、1990年代半ばに遡ります。大学卒業後に就職したリクルート系の企業をわずか1日で退職し、役者の道を志して劇団の研究所(自転車キンクリートなどの養成環境)に入所した佐藤二朗。当時25歳だった彼と、同じ養成所に研究生として入ってきた21歳の妻が出会ったことが、すべての始まりでした。
当時の佐藤二朗は、まったく芽の出ない無名の劇団員でした。定職はなく、アルバイトで食いつなぎながら小劇場の舞台に立つ日々が続きます。金銭的な余裕など微塵もなく、将来の保証も一切ない過酷な環境のなか、ふたりはアパートで約8年間に及ぶ同棲生活を送ることになります。
当時の佐藤二朗を襲った最大の試練が、20代半ばから苦しめられた強迫性障害やパニック発作などの精神的な不調でした。自著や手記、特番インタビューなどで明かされている通り、発作的な不安に襲われ、役者を辞めようと思い詰める佐藤二朗の隣に寄り添い続けたのが妻でした。彼女は過剰に取り乱すことなく、淡々と、しかし決して見捨てることなく彼を受け止め続けました。
「この人がいなければ、自分は役者を続けるどころか生きていけなかった」――佐藤二朗が折に触れて語るこの言葉には、脚色の一切ない真実の重みが宿っています。2003年、俳優として少しずつテレビの端役に声がかかるようになった34歳の節目に、ふたりは正式に入籍を果たしました。