「なぜ書かないのか」という読者の率直な疑問に対する第一の答えは、「書かない」のではなく「物理的に机に向かって描けない」という過酷な身体的事情です。作者である冨樫義博氏を四半世紀以上にわたり苦しめ続けているのが、難治性の腰痛とそれに伴う重度の神経症状に他なりません。
冨樫氏自身、画業35周年を記念した展覧会『PUZZLE』の直筆メッセージにおいて、「腰を痛め、椅子に座って描くことができなくなった」「寝た状態で描かざるを得ない」という極限の執筆環境を告白しました。症状のピーク時には、トイレで用を足した後に自力で身体を拭くことすらできず、シャワーで洗い流すほどの激痛に苛まれていたといいます。一般的なデスクワークの感覚では到底測り得ない肉体的損耗が、冨樫義博の腰痛という現実です。
さらに見逃せないのが、表現に対する異常なまでの矜持です。一般的な少年漫画の現場では、スケジュール維持のためにネーム(絵コンテ)以降の工程を分業化し、背景やモブキャラクター、効果線をアシスタントへ大量に委託するシステムが確立されています。しかし冨樫氏は、画面を構成する描線のタッチひとつにすら自身の情念を反映させようとします。妥協して他人に筆を委ねるくらいなら、どれほど間隔が空いても自らの手で描き切る――この表現者としての執念が、結果的に長期にわたるハンターハンターの休載理由へと直結しているのです。