詩『生きる』の最大の特筆点は、ひらがなを基調とした極めて平易な言葉遣いでありながら、読者の視界を一瞬でミクロからマクロへと跳躍させるダイナミックな構成美にあります。全5連からなる詩の骨格を振り返ると、谷川俊太郎の詩的リアリズムがどこに向けられていたのかが鮮明に浮かび上がります。
第1連では、「のどがかわくということ」「木もれ陽がまぶしいということ」「くしゃみをすること」といった、誰もが日常で無意識に体験している生理的・身体的な感覚が提示されます。概念としての「命」ではなく、肉体が確かに機能している実感を起点に据えることで、読者は言葉を頭ではなく身体で受け止めることになります。
続く第2連では文化や芸術、そして社会的な倫理へと視野が広がります。ここで登場する「それはミニスカート」「それはプラネタリウム」「それはヨハン・シュトラウス」という具体名と抽象概念の配合は絶妙です。美しいものに心躍らせる一方で、連の結びには「そして/かくされた悪を注意深くこばむこと」という鋭い警句が置かれています。ただ無邪気に生を寿ぐのではなく、社会に潜む欺瞞や不条理から目を背けない知性を求めている点が、本作を凡百の応援詩と峻別させています。
第3連で「泣ける」「笑える」「怒れる」という感情の起伏と「自由」を直結させ、第4連では「いま遠くで犬がほえる」「いま地球が回転している」「いまどこかで兵士が傷つく」と、時間と空間の同時存在性を描き出します。自分がのどを潤しているその瞬間にも、世界のどこかでは争いが起き、新しい命が誕生している。この圧倒的な世界の重層性を受け止めることこそが、谷川俊太郎の捉えた「いま現在を生きる」という営みでした。