リスナーがまず強烈な違和感と興味を抱くのが、「馬鹿」というありふれた罵倒語ではなく、助詞の「と」を挟んだ『馬と鹿』というタイトルです。この命名の理由について、米津玄師は当時の音楽専門誌や公式インタビューにおいて極めて示唆に富む言葉を残しています。
関係者の証言や当時の取材記録によると、米津は「自分自身の中に抜きがたく存在する愚かさ」と向き合いながらこの曲を紡ぎ出しました。人は誰しも、損得勘定や合理性だけで生きることはできません。傍から見れば無謀で、要領が悪く、嘲笑の対象にしかならない情熱に身を焦がしてしまう瞬間があります。そうした「愚直さ」を体現する言葉として選ばれたのが、ひと連なりの侮蔑語としての「馬鹿」ではなく、別個の生き物である「馬」と「鹿」が並び立つ風景でした。
古代中国の故事成語である「指鹿為馬(鹿を指して馬と為す)」に見られるような、権力への盲従や真実の歪曲といった文脈を想起させる一方で、米津が提示したのは「相容れないはずの二つの愚かな存在が、同じ荒野に立ち尽くしている」という共闘のイメージです。ひとりの人間が持つ多面性、あるいは不器用な他者同士がぶつかり合いながら手を取り合う姿を、「馬と鹿」という絶妙な距離感の言葉へと結晶化させた点に、表現者としての卓越した言語感覚が光っています。