日本人騎手と凱旋門賞を語る上で、武豊の存在を外すことはできない。彼の挑戦の歴史は、そのまま日本競馬が世界へと背伸びを続けた30余年の歩みそのものである。
1994年、ホワイトマズルでの初挑戦(6着)から始まった武豊のロンシャン行脚。2006年には、日本近代競馬の最高傑作と称されたディープインパクトと共に単勝1.5倍の圧倒的支持を受けて参戦した。直線で先頭に立った瞬間の熱狂、そしてレイルリンクに交わされ3位入線(後に禁止薬物検出により失格)となった際の沈黙は、今なおファンの脳裏に深く刻まれている。
特番インタビューや自著の中で、武豊は凱旋門賞について一貫してこう語っている。「世界中に素晴らしいレースは数あれど、凱旋門賞だけは特別。勝つまでは、僕の競馬人生は終わらない」。
その後もキズナでの果敢な挑戦(2013年4着)、さらにはキーファーズの松島正昭代表との「武豊で凱旋門賞を勝つ」という固い絆のもと、ブルームやドウデュースで果敢に挑み続けた。どれほど大敗を喫しようとも、現地メディアの前に毅然と立ち、敗因を冷静に分析して次を見据える。その立ち振る舞いこそが、欧州の競馬サークルにおいて「ユタカ・タケ」という日本人騎手への絶対的なリスペクトを醸成してきた。