パリオリンピックの女子マラソンコースは、ベルサイユ宮殿を往復する過酷極まりないレイアウトでした。中間点を過ぎた28km地点から待ち構える最大勾配13.5%、高低差150m超の急激なアップダウンは、多くのトップランナーの足を止め、途中棄権や大幅な失速を余儀なくさせました。その地獄のような登り坂で、ギアを一段上げて前方の選手を次々と捉えたのが鈴木優花でした。
彼女が世界の強豪と渡り合えた最大の要因は、「接地時間の短さ」と「体幹主導のピッチ走法」にあります。154cmと小柄な体躯でありながら、坂道に入っても歩幅を無理に広げず、骨盤の回旋を利用して軽快に刻む走法を貫きました。レース後の共同会見で本人が語った「坂を見た瞬間、むしろここで勝負できるとワクワクした。自分のリズムさえ崩さなければ絶対に落ちてくる選手がいると信じていた」という言葉は、机上の空論ではない現場での確信を物語っています。
さらに見逃せないのが、第一生命グループ女子陸上競技部が導入した徹底的な高地トレーニングと乳酸測定データに基づくペース配分です。酷暑のパリにおいて、体温上昇を抑えながらエネルギー枯渇を防ぐ給水マネジメントを寸分違わず遂行しました。35km以降のラップタイムの落ち込みを最小限に食い止め、ラスト2.195kmを強烈なスパートで駆け抜けた走りは、まさに計算し尽くされた戦略と天性のタフネスが融合した結実でした。