昭和の歌姫・藤圭子の母親の壮絶人生と宇多田ヒカルへ響く天才Dna

昭和の歌姫・藤圭子の母親の壮絶人生と宇多田ヒカルへ響く天才Dna

昭和の歌姫・藤圭子の母親の壮絶人生と宇多田ヒカルへ響く天才Dnaの見逃せないポイントを徹底的にカバーしました。

竹山澄子氏の音楽的バックボーンを語る上で欠かせないのが、東北地方を中心に語り継がれてきた伝統芸能「瞽女唄」の存在だ。盲目の女性旅芸人たちが三味線一つで全国を歩き、人々の前で歌い紡いだこの唄には、生きていくことの苦痛と祈りが込められていた。澄子氏もまた、極貧の生活の中で三味線を叩きつけるように鳴らし、吹きすさぶ寒風の中で声を張り上げていた。

幼少期の藤圭子(本名・阿部純子)は、そんな母親の背中を見つめ、時に貧窮の中で自らも街頭に立ち、投げ銭を得るために歌った。後年、彼女が歌う曲に宿っていた圧倒的なリアリティは、作られた演出などではない。幼い頃から肌で感じ取っていた母・澄子氏の泥臭くも崇高な泥と汗の音楽生活そのものだったのだ。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。