取材班が旭川市内の実家周辺で集めた証言によると、内田被告の家庭環境は絵に描いたような「途絶と放任」の歴史でした。幼少期の内田被告は活発で、地元の小中学校に通っていたものの、中学校進学前後から素行が急激に悪化していったと近隣住民は口を揃えます。
「お父さんは早朝から作業着姿でトラックに乗り込んで現場へ向かう、口数の少ない職人気質の方でした。ただ、夜になると家の中から激しい怒鳴り声や物を投げるような音が響いてくることがあり、近所でも心配されていたのは事実です」(実家近隣に住む60代女性)
報道各社が報じた家庭環境の内情によれば、父親は内田被告が非行に走り、夜遊びや不良グループとの交友を深めていく過程で、激しく叱責することはあっても精神的な対話による軌道修正を行うことができなかったとされています。高校進学後に中退し、札幌やすすきの、旭川の歓楽街に入り浸るようになると、父親も母親も被告の行動を完全に把握できなくなっていました。
公判前の精神鑑定や供述記録でも、家庭内における親子のコミュニケーションは完全に崩壊しており、被告は「親には何を言っても無駄だった」「家に居場所がなかった」と語る一方、親側も手のつけられない娘に対し諦めの境地に至っていた実態が浮き彫りになっています。