霊鐘堂の暗がりに佇む古鐘を目前にすると、誰もがその表面に刻まれた無数の傷跡に目を奪われる。平安末期の豪傑・武蔵坊弁慶が比叡山へ引き摺り上げたという苛烈な怪異伝説「弁慶の引き摺り鐘」である。比叡山へ強奪された鐘が「イノー、イノー(帰りたや)」と響いたため、怒った弁慶が谷底へ投げ捨てたという語り草は、今なお人々の想像力を掻き立てて止まない。
単なる奇談として片付けるのは容易い。しかし、この伝説の裏側には、山門(比叡山延暦寺)と寺門(園城寺(三井寺))という二つの巨刹が繰り広げた抗争の歴史的現実と、民衆が込めた信仰への畏怖が色濃く影を落としている。擦り切れた鐘の肌に手をかざせば、中世の争乱を生き抜いた僧兵たちの咆哮が聴こえてくるかのようだ。