守護とは?地頭との違いや権限・守護大名への変遷を徹底解説

守護とは?地頭との違いや権限・守護大名への変遷を徹底解説

守護とは?地頭との違いや権限・守護大名への変遷を徹底解説とはどのようなものなのか? 専門的な分析を簡潔に解説します。

守護大名が強大な権力を手に入れた一方で、統治構造には決定的な脆弱性が潜んでいました。室町幕府の政治は京都中心で動いていたため、多くの守護大名は領国を離れて京都に屋敷を構え、幕政に関与し続ける「在京(ざいきょう)」を義務付けられていたのです。

領国を長期間留守にする守護大名に代わり、現地の政務や軍事を実際に切り盛りしたのが「守護代(しゅごだい)」と呼ばれる家老クラスの代理人でした。現地に根を張る守護代や国人(こくじん:地方の土着有力武士)たちは、年貢を納めない荘園を実力で制圧し、農民や兵力を直接束ねて実質的な支配力を高めていきました。

【守護から戦国大名への権力シフト(下克上の構図)】

・越後国:守護の上杉氏に対し、守護代の長尾氏(長尾為景・上杉謙信の父)が実権を掌握。

・尾張国:守護の斯波氏を圧倒し、守護代の織田氏(織田信友・信秀・織田信長)が台頭。

・出雲国:守護の京極氏を放逐し、守護代の尼子経久が一国を乗っ取り。

応仁の乱(1467年〜)以降、幕府の権威が失墜すると、現場の実力を持たない守護大名は守護代や国人たちに次々と主導権を奪われました。こうして自らの軍事力と領国統治法(分国法)によって領地を完全支配する「戦国大名」の時代へと歴史は突入していったのです。

阿部 裕樹
著者

阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。