ダッシュ島は決して「太古から人の立ち入らなかった未開の秘境」ではありません。そこには、瀬戸内海の近現代史に刻まれた確かな人々の営みと、栄枯盛衰の歴史が眠っています。
明治期から昭和初期にかけて、由利島は瀬戸内海有数のイワシ漁の拠点として栄華を極めました。近隣の二神島から多くの漁業者が出漁し、島内にはイワシの加工場(煮干し工場)や網干し場が林立していました。最盛期の昭和30年代には100人を超える住民が定住しており、1957年(昭和32年)には子どもの教育のために「中島町立二神小学校由利分校」が開校した記録が愛媛県の郷土史に残されています。
しかし、高度経済成長期に伴う沿岸漁業の衰退とイワシの不漁、過酷な離島生活からの転出が相次ぎ、昭和40年代(1965年前後)には最後の住人が島を離れ、完全な無人島となりました。放置された集落は半世紀の歳月をかけて木々に飲み込まれ、番組が上陸した当時は崩壊した民家の残骸や朽ちた石垣が残るのみでした。
その荒地に新たな命を吹き込んだのが、TOKIOのメンバーたちによる10年以上に及ぶ開拓です。海岸線にそびえ立つ象徴的な「舟屋」は、伝統的な仕口や継手の技術を駆使して組み上げられた木造建築であり、台風や高波の直撃を幾度も耐え抜いてきました。2026年現在も、TOKIOの城島茂氏、国分太一氏、松岡昌宏氏に加え、SixTONESの森本慎太郎氏やAぇ! groupの草間リチャード敬太氏ら後輩世代へ職人的技能の継承が進められ、島の建築物群はメンテナンスを重ねながら維持されています。