大物芸人の二世であれば、父と同じ吉本興業の門を叩き、手厚い育成システムに乗る道もあったはずだ。しかし藤井陸が主戦場に選んだのは、東京のインディーズお笑いシーンを牽引する制作会社「K-PRO」のライブだった。
K-PROの舞台は、観客の目が肥えたシビアな現場として知られる。少しでも間が狂えば笑いは起きず、知名度だけの芸人は瞬時に見抜かれる。あえてこの過酷な環境に身を投じた背景には、「親の七光り」と揶揄されることへの強烈な警戒心と、自分の力だけでどこまで通用するのかを試したいという剥き出しの矜持があった。
下積みの現場で腕を磨き、先輩芸人たちと競い合う中で、フライドポテトは着実にコアなお笑いファンの支持を獲得していった。父の威光に頼らない現場叩き上げの経験が、現在の彼の堂々とした舞台度胸を形成している。