この歴史的一戦を伝説へと昇華させた最大のファクターは、昭和天皇の球場滞在に設けられていた厳格なタイムリミットでした。当時の皇室警備および運行管理上の取り決めにより、両陛下が球場を退出される時刻は「21時15分」とあらかじめ分刻みで定められていたのです。これこそが天覧試合 延長制限 時間ルールの核心であり、試合が同点のまま長引けば、両陛下は勝負の決着を見届けることなく途中で席を立たざるを得ないという緊迫した状況下にありました。
試合は序盤から激しい点の取り合いとなりました。3回表に阪神が小山正慶の適時打などで先制すれば、巨人は5回裏に反撃。そして7回表に阪神が三宅秀史の適時打で勝ち越し、3-2。迎えた7回裏、王貞治の劇的な2ラン本塁打が飛び出して巨人が逆転します。しかし阪神も屈せず、8回表に藤本勝巳の本塁打で同点に追いつき、さらに小山自らのソロ本塁打で4-4の同点に。両者一歩も譲らぬ死闘が続き、時計の針は容赦なく進んでいきました。
9回表の阪神の攻撃を巨人のエース・藤田元司が無失点に抑え、9回裏の巨人の攻撃に入った時点で、時刻は21時12分を指していました。もしここで巨人が得点できずに延長戦へ突入すれば、延長10回表の途中で両陛下が中座されることは不可避の情勢でした。そんな極限のプレッシャーの中、先頭打者として打席に向かったのが巨人の4番・長嶋茂雄でした。
マウンドには、この回からリリーフ登板した阪神の黄金ルーキー・村山実。カウント2ボール2ストライクからの5球目、村山が投じた渾身の内角高めスライダーを、長嶋のバットが完璧に捉えます。打球は左翼ポール際に向かって一直線に伸び、後楽園の夜空を切り裂いてスタンドへ吸い込まれました。劇的なサヨナラ本塁打。時刻は21時12分から13分へと変わる瞬間でした。両陛下は勝負が決着した歓喜のグラウンドを笑顔で見届け、予定通り21時15分に球場を後にされたのです。