Q1:源仲章は本当に北条義時と間違えられて殺されたのですか?
A1:『吾妻鏡』では、太刀持ちを交代したため公暁が義時と誤認して仲章を斬ったと記述されています。しかし、京都側の史料『愚管抄』では最初から仲章が太刀持ちを務めていたとされており、将軍の側近・朝廷勢力として意図的に狙われたとする説や、義時の動向を巡る謀略説など複数の見解が存在し、完全な誤認であったとは断定できません。
Q2:源仲章は後鳥羽上皇のスパイだったというのは事実ですか?
A2:後鳥羽上皇の近臣であり、同時に実朝の教育係や幕府の政所別当を兼務していたため、現代でいう情報工作員(スパイ)のような役割を果たしていた側面は強く否定できません。幕府の内部情報を京都に伝え、朝廷の意向を実朝の政治に反映させるパイプ役として活動していたことは確実視されています。
Q3:源仲章の子孫はその後どうなりましたか?家系は途絶えた?
A3:仲章自身が暗殺された後も、一族が滅亡したわけではありません。宇多源氏の学問の家系として、弟の源仲業らの一族が朝廷の文章博士などを務め、文官貴族として後世まで血筋と家学を継承しました。