読者の多くが最も関心を寄せる「共和工場では何が作られていたのか」という疑問。結論から言えば、この工場は自動車用エアコンの心臓部であるコンプレッサー部品および金型・設備製造において、世界最高峰の精度を確立した伝説的製造拠点でした。
共和工場の歴史は、戦後復興期の1953年(昭和28年)に遡ります。豊田自動織機が繊維機械から自動車関連産業へと舵を切る重要な転換点において、同工場は鋳造技術や精密加工技術の実験場として機能しました。その後、1960年代からモータリゼーションの進展に伴い、カーエアコン用コンプレッサーの量産体制を確立。同社が世界シェア第1位(約4割)を獲得する原動力となったのです。
現場では、冷媒を圧縮する高精度なスクロール部品やピストン、さらにはそれらを高速・高精度で加工するための専用工作機械や金型の内製化が行われていました。地元関係者やOBの手記には、「共和の加工精度がトヨタの静粛性と信頼性を決定づけた」という自負が幾度となく綴られています。単なる量産下請けではなく、製造技術そのものを開発する「技術研究所」としての色合いを帯びていたことが、共和工場の最大の独自性でした。