本家尾張屋の原点は、尾張国から京都へ移住した初代が創業した菓子処にあります。禅寺で修行僧の軽食として重宝されていた蕎麦を扱うようになり、やがて御所や寺院への出入りを許される「御用達」の地位を確立しました。現在も宮内庁御用達蕎麦としての気品を漂わせつつ、庶民の日常に寄り添う温かさを失っていません。
かつて禅僧が自省と精神集中のために食した蕎麦は、尾張屋の手によって洗練された京の食文化へと昇華しました。十六代当主・稲岡亜里氏が受け継ぐ現代においても、創業以来の精神は脈々と息づいています。数寄屋造りの趣ある本店建築は、暖簾をくぐった瞬間に街の喧騒を忘れさせ、訪れる者を優雅な時間の流れへと誘います。
同店が半千年以上にわたり暖簾を守り抜けた最大の理由は、伝統の固定化に甘んじず、時代に合わせた柔軟な進化を続けてきた点にあります。京都の水、北海道音威子府産の玄そば、厳選された利尻昆布と目近節(宗田節)のだし――素材に対する一切の妥協なき姿勢が、揺るぎないブランド力を支えています。