芸能界での居場所を失いかけた東氏は、40代を迎えて人生最大の舵切りを行います。自らの無知と浅慮を猛省した同氏は、本格的な学び直しを決意。2000年に早稲田大学第二文学部(表現・芸術系専修)に入学し、昼夜を問わず学問に没頭しました。その後、早稲田大学政治経済学部(政治学科)へ学士入学を果たし、地方自治や行政システムを徹底的に研究しました。
この大学での学びが、後の政界進出の礎となります。官製談合事件で前知事が辞職した故郷・宮崎県の窮状を目の当たりにした東氏は、2007年1月の宮崎県知事選挙への出馬を決断。無所属・政党推薦なしという完全な背水の陣で選挙戦に臨みました。
選挙戦において東氏は、過去の逮捕歴や不祥事を隠すことなく有権者に正直に明かし、頭を下げて再起を訴えました。その愚直な姿勢と「宮崎をどげんかせんといかん!」という情熱的なスローガンが県民の心を掴み、約39万票を獲得して圧勝。タレント「そのまんま東」から政治家「東国原英夫」への劇的な変身は、日本全国に大きな旋風を巻き起こしました。