日本国内の活動にとどまらず、早い段階からロサンゼルスをはじめとする海外へ拠点を広げた判断は、当時の日本芸能界においては先駆的な試みだった。言語の壁やカルチャーギャップを乗り越え、現地のオーディションやプロデューサー陣とのネットワークを自力で構築してきた実績は今、大きな実を結びつつある。
ハリウッドの制作関係者は「彼らが持つ独特のアンニュイな雰囲気と圧倒的な画面映えは、欧米のキャスティングディレクターにとっても強い魅力」と口を揃える。過度なプロダクション依存を脱し、自らの意思でグローバル市場に挑んできた姿勢が、海外の映画人からのリスペクトに直結しているのだ。