今や米米CLUBを象徴する国民的ヒット曲となった『浪漫飛行』ですが、その誕生から大ヒットに至るまでの軌跡は決して平坦ではありませんでした。
本楽曲が世に出たのは、シングルカットより3年早い1987年10月発売のサードアルバム『KOMEGUNY』でした。当時、航空会社の華やかなCMソングに憧れていた石井竜也が、「いつか航空会社のCMソングに使ってもらいたい」という明確なイメージを描いて書き下ろした楽曲だったのです。
しかし、制作直後に持ち込んだプレゼンでは採用に至らず、アルバムの1曲として眠る形となりました。状況が一変したのは1990年。JAL(日本航空)の担当者がこの曲の持つ圧倒的な開放感とポテンシャルに再注目し、「JAL 沖縄キャンペーン CMソング」への抜擢が決定します。
これを受けて1990年4月8日に「東日本版」「西日本版」の2形態でシングルカットされると瞬く間に大ヒットを記録。オリコン年間ランキングでも上位を独占し、累計売上100万枚を超えるダブルプラチナを達成しました。石井竜也の先見の明と熱意が、3年の時を経て現実を引き寄せたドラマチックな逆転劇でした。