歴史の記録に残る彼女の存在は、映画のヒロイン像とは根本から異なります。まず彼女の生い立ちにおいて特筆すべきは名前の多層性です。部族内での真の秘名(本名)は「マトアカ(Matoaka)」であり、これは「小さな雪の羽」「清らかな泉」といった意味合いを持ちます。また別の公的な名前として「アモヌーテ(Amonute)」も持っていました。一般に知られる「ポカホンタス(Pocahontas)」という名は、「お転婆な少女」「甘やかされた子」を意味する幼少期の愛称(戯れ名)にすぎません。
そして最大の問題となるのが、ジョンスミスとの関係における虚構です。1607年に両者が初めて遭遇した当時、ジョン・スミスは27歳前後の歴戦の軍人であったのに対し、ポカホンタスはわずか10歳から12歳程度の幼女でした。映画で描かれたような成人男女の情熱的な恋愛感情が介在する余地は皆無でした。
スミスが自著『バージニア概史』(1624年刊行)で主張した「処刑の瞬間に首長の娘が自らの体を投げ出して命を救ってくれた」という有名な逸話も、現代の歴史学界では信憑性が極めて疑問視されています。スミスがこの美談を書き記したのは事件から17年も経過した後のことであり、ポカホンタスがロンドンで脚光を浴びて亡くなった後に自らの功績を誇張するために創作した、あるいは先住民の通過儀礼(死と再生を模した養子縁組の儀式)を西洋的な視点で曲解した可能性が高いと結論づけられています。実際、当時のポウハタン連邦の口述伝承では「首長が客人を殺そうとした事実も、子供がそれを止めた事実もない」と語り継がれています。