失踪騒動から数年後の1993年、彼は長年親しまれた芸名を捨て、我修院達也への改名を発表します。この改名理由には、「自らの道を自ら修める」という表現者としての不退転の決意が込められていました。
心機一転の再出発に伴い、ビジュアル面でも劇的な変貌を遂げます。その象徴が、一度見たら脳裏から離れない極太の繋がった眉毛です。この個性的な眉毛は地毛をベースにメイクで強調されたもので、単なる奇抜さ狙いではなく、自身を「唯一無二のキャラクター」として世間に強く印象付けるための徹底したセルフプロデュースでした。
過去のパブリックイメージを脱ぎ捨て、怪奇とユーモアを併せ持つ特異なタレント・俳優像を自ら創り上げたこの戦略は、その後の映画界での大躍進へと直結していくことになります。