坂東三津五郎の早すぎる死去から現在|病魔の真相と長男・巳之助の歩み

坂東三津五郎の早すぎる死去から現在|病魔の真相と長男・巳之助の歩み

坂東三津五郎の早すぎる死去から現在|病魔の真相と長男・巳之助の歩みに関する話題のニュースを分かりやすく解説します。関心のある方は必見です。

2015年2月21日、歌舞伎界のみならず日本全国に走った激震は、名優・十代目 坂東三津五郎の訃報でした。享年59。役者として最も脂が乗り、次代を担う重鎮として嘱望されていた時期の旅立ちでした。公式発表による直接の死因は膵臓がんです。膵臓がんは自覚症状が出にくく、早期発見が極めて困難とされる「沈黙の臓器」の病であり、発見時にはすでに進行しているケースが少なくありません。

三津五郎の闘病生活の始まりは、2013年7月末の定期検診でした。超音波検査で膵臓に腫瘍が見つかり、精密検査を経て同年9月に初期の膵臓がんと公表。同月、都内の大学病院で切除手術を受けました。当時の会見で関係者が明かしたところによると、本人は告知を受けた際にも取り乱すことなく、「一日も早く舞台に戻るために最善の治療を受ける」と毅然とした態度を貫いたといいます。

過酷な抗がん剤治療とリハビリを耐え抜いた三津五郎は、2014年4月、新開場1周年を迎えた歌舞伎座「鳳凰祭四月大歌舞伎」において、奇跡的な舞台復帰を果たします。演目は三番叟を力強く舞う『寿式三番叟』。足拍子を力強く踏み鳴らし、復帰を待ち望んだ満員の観客から割れんばかりの拍手を浴びました。しかし、これが彼の役者人生において最後の舞台となってしまったのです。

復帰からわずか数か月後の2014年7月、定期検診で肺への転移が判明。再び休演を余儀なくされ、療養生活に入りました。本人は決して希望を捨てることなく、「もう一度、歌舞伎座の檜舞台に立つ」という強烈な執念で病魔と闘い続けましたが、2015年2月21日午前2時3分、都内の病院で静かに息を引き取りました。この坂東三津五郎の命日は、歌舞伎界にとってあまりにも大きな損失を刻んだ日となったのです。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。