「あの映像だけを見れば、誰だって傲慢な権力者が被災地の首長を恫喝したと思う。だが、現場の空気はカメラのスイッチが入る前から完全に歪んでいた」
当時、松本氏に近かった元秘書官の一人は重い口を開いた。発端となった宮城県庁での村井嘉浩知事(当時)との面会。知事の到着が数分遅れたことに松本氏が激高したとされる場面だが、関係者によれば、その直前まで内閣府と自治体側との間で水面下の熾烈な権限争いと予算配分を巡る駆け引きが極限状態に達していたという。
被災自治体側の要望をすべて丸呑みするのではなく、広域連携を前提としたスピード感ある復興計画を早急に固めさせたい大臣側の焦燥。そして、被災自治体のトップとしての矜持。両者の摩擦が、張り詰めた疲労と睡眠不足の中で暴発したのがあの瞬間だった。オフレコを要求した発言がそのまま全国放送へと流された瞬間、松本氏の政治生命は実質的に幕を閉じたが、そこには現場の緊張関係を単純な善悪二元論へと矮小化させた構図が存在していた。