競馬界のスーパースターとトップアイドルという華麗なカップルだけに、世間からは当然のように「二世の誕生」が期待されていました。それにもかかわらず、なぜ2人は子供を持たなかったのか。報道関係者の取材記録や周辺の証言からは、大きく分けて3つの構造的背景が浮かび上がってきます。
第1に挙げられるのが、騎手という職業が背負う極限の過酷さと生命の危機です。競馬のジョッキーは毎週、時速60キロメートルを超えるサラブレッドに跨がり、一歩間違えれば命を落とす、あるいは下半身不随などの重度後遺障害を負う落馬事故のリスクと隣り合わせで戦っています。実際に武豊騎手自身も、2010年の毎日杯での落馬重傷(左鎖骨骨折、肩甲骨骨折など)をはじめ、幾度となく選手生命を脅かす大事故を経験しました。
佐野量子さんは結婚当初から「夫が無事に馬から下りて生きて帰ってくること」だけを祈り続けてきたと語っています。夫が常に命を削り、ミリ単位の体重制限(減量苦)と戦う極度の緊張状態において、妻が精神的・肉体的なリソースのすべてを「夫のサポート」に集中させる必要があったことは想像に難くありません。
第2の背景として、週刊誌やネットメディアで長年囁かれてきたのが不妊治療の噂です。結婚から数年が経過した1990年代後半から2000年代初頭にかけて、一部の女性週刊誌が「夫妻が人知れず名医のもとで不妊治療に取り組んでいるのではないか」と報じた時期がありました。しかし、これについて武豊騎手本人も佐野量子さんも、公の記者会見や手記で公式に認めた発言は一度もありません。当時は現代ほど不妊治療に対する社会的なオープンさがなく、もし挑戦していたとしても極めてプライベートな領域として静かに受け止めていた可能性があります。周囲の関係者によれば、ある時期を境に「2人で歩む人生」を自然な形で受け入れ、納得のいく結論に達したと見られています。
第3に、「夫婦2人の時間を最も尊ぶ」という価値観の一致です。武豊騎手はオフシーズンになれば海外へ渡航し、妻を伴って各地の競馬場やリゾートを訪れるなど、恋人同士のような関係性を維持し続けてきました。家庭内に子供という新たな軸を作らずとも、お互いを人生の唯一無二の伴侶として尊重し合える精神的な成熟度が、子供のいない生活を豊かなものに昇華させた最大の要因と言えます。