では、なぜ残された販売エリアが「東日本」ではなく「西日本」だったのでしょうか。そこには、長年培われた日本人の食文化と、スナック菓子業界特有のロジスティクス(物流)問題という2つの決定的な障壁が存在していました。
第1の理由は、東西における味覚嗜好とフレーバー支持率の決定的な格差です。明治の地域別販売データでも明らかなように、東日本では濃厚な「チーズあじ」が売上の大半を占めていたのに対し、関西を中心とする西日本エリアでは、昆布や鰹節の出汁(だし)をベースにした「うすあじ」が圧倒的なシェアを誇っていました。関西のうどん出汁文化に象徴されるように、繊細な旨みを好む西日本の食卓において「カール うすあじ」は他社スナックには代えがたい家庭の定番おやつとして確固たる地位を築いていたのです。
第2の、そして最も冷酷なビジネスの壁となったのが「スナック菓子の容積率と輸送コスト問題」です。食品物流の専門家が指摘するように、コーンスナックは袋の中に窒素ガスを充填してふんわりと焼き上げた生地を守る構造上、製品重量に対して体積が極めて大きい「容積勝ち」の荷物になります。大型10トントラックを満杯に積載しても、運べる総重量は非常に軽く、輸送効率が極めて悪い商品設計なのです。
製造拠点が四国・松山の1カ所になった瞬間、松山から東京や東北、北海道までトラックを走らせる物流コストは跳ね上がります。昨今の物流2024年問題以前から進行していた長距離トラック輸送費の高騰と人手不足のなかで、薄利多売の1袋100数十円のスナックを愛媛から東日本全域へ運ぶことは、採算性の観点から完全に不可能でした。こうして、松山工場からの経済的な配送圏内であり、かつ「うすあじ」の根強い需要が残る「福井・岐阜・三重以西の近畿・中四国・九州」へと供給ラインが絞り込まれたのです。