「絶望のパスタ」というインパクト抜群のネーミングについて、ネット上では「激辛で絶望する」「失恋したときに食べるパスタ」といった様々な都市伝説が飛び交っています。しかし、その実態は料理史と現場の職人魂に根ざした極めて合理的な理由によるものです。
まず料理史の観点から見ると、原点はイタリア中南部で古くから親しまれている伝統パスタ「スパゲッティ アッラ ディスペラータ(Spaghetti alla disperata)」にあります。イタリア語の「disperata(ディスペラータ)」は「絶望的な」「自暴自棄の」を意味する言葉です。ナポリやプーリア地方の貧しい家庭において、戸棚に食材がなく「今夜の食事はどうすればいいのか」と絶望している時でも、常備されているアンチョビ、黒オリーブ、ケイパー、ニンニク、唐辛子といったわずかな保存食をかき集めて手早く作ったことが、この料理名のルーツとされています。
一方、日本で「絶望のパスタ」をカルチャーとして昇華させたのが、1986年創業の老舗スープパスタ専門店「ホームズパスタ(IVO ホームズパスタ)」です。ホームズパスタの創業者や歴代のシェフたちが語り継ぐエピソードによると、名付けには3つの現場のリアルが複雑に絡み合っています。
第1に、イタリアの原点である「ディスペラータ」へのオマージュです。第2に、厨房現場における「仕込みの過酷さ」が挙げられます。ホームズパスタの絶望は、椎茸、しめじ、マッシュルームといった数種類のキノコを微塵切りにしてペースト状になるまで徹底的に炒め上げるのが最大の特徴ですが、創業当初は手作業で山のようなキノコを延々と刻み続ける必要があり、「厨房スタッフが仕込みの量に絶望した」という現場の生々しい実話が命名の引き金となりました。
そして第3に、客側の体験です。運ばれてくる丼は皿のフチすれすれまでスープが並々と注がれており、熱々のパスタを持ち上げるとどうしても周囲に赤いスープが飛び散ります。「お気に入りの白い服を着ていくと跳ねて絶望する」「一度この味を知ってしまうと、他のあっさりしたパスタでは満足できなくなり絶望する」という、常連客たちの愛ある嘆きが重なり合い、現在の不動のブランドイメージが確立されました。