安倍晴明が生きた平安時代中期、天変地異や疫病はすべて怨霊や物の怪の仕業と信じられていた。その時代に朝廷の国家機関である「陰陽寮」で頭角を現し、天文道や暦道を駆使して都の安寧を守り続けたのが晴明その人である。神社が建つこの場所は、かつての晴明の屋敷跡。まさに彼が日常的に星を読み、式神を操っていた現場にほかならない。
境内には、晴明の伝承を語る上で欠かせない「一条戻橋」の欄干親柱が移築・保存されている。死者が蘇ったという伝説や、晴明が式神を橋の下に潜ませて人々の吉凶を占わせたという逸話が残る怪異の舞台だ。橋の傍らに鎮座する小さな式神石像の前に立つと、千年の時を超えて今もなお見えない使い魔が周囲の邪気を見張っているかのような錯覚を覚える。