胡蝶屋敷に引き取られ「栗花落カナヲ」という名を与えられた後も、トラウマによる重い心理的後遺症は続きました。「ご飯を食べて」と言われなければ餓死するまで食事に手を付けず、指示がなければ呼吸をすることすら躊躇するほど、自己決定能力を完全に喪失していたのです。そこで姉のカナエは「指示されていないことは、この銅貨を投げて決めたらいいのよ」と提案しました。
硬貨(コイン)による意思決定は、一見すると便利なライフハックに見えますが、心理学的には「自律的思考の放棄による自己防衛行動」に他なりません。失敗や叱責を恐れるあまり、偶然性の支配下に逃げ込むことで精神の安定を保っていたカナヲに、決定的な揺らぎを与えたのが主人公・竈門炭治郎でした。
機能回復訓練を終えた炭治郎は、去り際にカナヲがコインで会話するか否かを決めている事実を知ります。炭治郎は一切の否定をせず、むしろ屈託のない笑顔でコインを預かり、「表が出たらカナヲは心の声をよく聞くこと」と賭けを持ちかけました。見事に表を出した炭治郎は、硬貨をカナヲの両手に握らせて力強くこう告げます。
「頑張れ!! 人は心が原動力だから 心はどこまでも強くなれる!!」
偶然表が出たのかと問うカナヲに対し、炭治郎は「表が出るまで何度でも投げ続けるつもりだった」と笑いました。この無条件の肯定と情熱こそが、カナヲの凍りついた心を完全に溶かしました。以降、カナヲは迷った際に銅貨を取り出しつつも、自らの内なる意思で選択を重ねるようになり、最終決戦を前にして完全にコインを投げる依存行動から脱却したのです。