南伸坊という表現者を語る上で、絶対に避けて通れないのが漫画雑誌『月刊漫画ガロ』(青林堂)での編集者時代です。都立工芸高校デザイン科を経て、前衛芸術の牙城であった「美学校」で学んだ南氏は、1972年に青林堂へ入社。創業者であり名物編集長であった長井勝一氏のもとで頭角を現し、弱冠20代後半にして副編集長、そして編集長を務めることになります。
当時の『ガロ』は、商業主義に背を向けた表現者たちが集うアンダーグラウンドの聖地でした。南伸坊氏は持ち前の温厚な人柄と鋭い審美眼で、蛭子能収氏やみうらじゅん氏、渡辺和博氏といった異形の才能を次々と見出し、世に送り出すサポートを果たしました。
青林堂時代の関係者が振り返る逸話として象徴的なのが、「作品を突き放さず、面白がる編集方針」です。型通りのストーリー漫画ではなく、作者の内面が垂れ流されたようなヘタウマ作品や前衛表現に対し、南氏は赤ペンを入れて均質化するのではなく、作家が持つ固有のいびつさを最大限に引き出す編集を行いました。この『ガロ』時代の濃密な格闘と経験が、後に彼自身がイラストレーター・エッセイストとして独立する際の揺るぎない土台となっています。