凄惨な事件の舞台となった大阪市西区靱本町のマンションは、ビジネス街と閑静な都市型住宅地が交差する利便性の高いエリアに位置しています。
事件直後は献花や供物が絶えず、異様な雰囲気に包まれていましたが、不動産登記や賃貸情報の追跡調査によると、該当の部屋は徹底的な特殊清掃およびフルリノベーションが施されました。心理的瑕疵物件(事故物件)として一定期間の告知義務を経て運用され、現在では通常の外観を取り戻し、入居者が居住しています。都心の好立地という特性もあり、近隣住民の世代交代が進んだことで、当時の凄惨な記憶は街の日常の底へと沈みつつあります。
一方で、この事件を風化させない契機となったのが、2013年に公開された映画「子宮に沈める」(緒方貴臣監督)です。この作品は大阪2児放置死事件をモチーフに制作され、ワンルームの密室で母親が精神の均衡を崩し、子どもたちへの配慮を喪失していく過程を徹底した定点観測の手法で描きました。
ドラマチックな劇伴を排し、水道の流れる音や子どもの乾いた足音だけで進行するこの映画は、観客に強烈な心理的負荷を与える作品としてミニシアター界隈で異例のロングランを記録しました。映画が突きつけたのは、「下村早苗というモンスターが起こした特殊な事件」として片付けることへの拒絶です。誰にでも起こり得る育児ノイローゼ、孤立、そして貧困の連鎖というリアルな地獄を可視化したことで、事件から15年以上が経過した2026年においても、虐待防止を考える上での重要テキストとして議論され続けています。