田中角栄の名を語る上で避けて通れないのが、1976年に発覚したロッキード事件である。全日空によるロッキード社製トライスター機導入をめぐり、米国ロッキード社から5億円の賄賂が流れたとされるこの事件で、田中元首相は外国為替法違反と議院証言法違反で起訴された。1983年10月の一審判決では懲役4年、追徴金5億円の実刑判決。1995年の最高裁上告棄却により正式に有罪が確定した。
しかし、この事件の「真相」は極めて複雑である。当時の報道各社・関係者の証言によると、田中側は一貫して無罪を主張。検察の主要証人であった全日空関係者の供述調書には変遷が多く、政治的圧力の存在を指摘する声も根強い。一方で、首相在任中に目白御殿と呼ばれる豪邸に全国から陳情者が押し寄せ、現金入り封筒が行き交う「金権政治」の実態があったことは、事件報道以前から広く知られていた。田中の政治資金の流れは、後の政治資金規正法改正の直接的な契機となった。
2026年の視点で言えば、「田中角栄は本当にロッキード社から金を受け取ったのか」という問いに対する完全な決着はついていない。有罪判決は確定したが、物的証拠は乏しく、状況証拠と証言に依拠していた側面は否定できない。一方で、田中の政治手法そのものが「金権」と批判される構造を作っていたこともまた事実である。この二面性こそが、死後も評価が分かれる最大の理由だ。