後世の創作によって「残酷で短気な暴君」という極端なイメージを付与されがちな信長ですが、信長の側近であった太田牛一が記した一級史料『信長公記』や、同時代に来日したイエズス会宣教師ルイス・フロイスの『日本史』を精読すると、立体的な人間像が浮かび上がってきます。
フロイスの手記によれば、信長は「決断力に富み、戦術に長け、過度の誇りを持つが、身分の低い者とも親しく語り合い、正義を重んじる」人物でした。また、朝廷や寺社勢力などの既得権益を打破する「楽市・楽座」の導入や、鉄砲の集団運用、身分にとらわれない能力本位の登用など、徹底して論理的かつプラグマティック(実用主義的)な思考を貫いています。
その一方で、一度裏切った家臣や敵対者に対しては徹底的な殲滅作戦を展開しました。比叡山延暦寺の焼き討ちや長島一向一揆の鎮圧などはその最たる例です。信長にとって「鳴かぬホトトギス」とは、単に言うことを聞かない部下ではなく、「組織のビジョンを共有せず、既得権益に甘んじて前進を阻む障害」そのものを指していたと解釈できます。