長距離界における最大の転換点は、2019年にオーストリア・ウィーンで行われた非公認イベント「INEOS 1:59 Challenge」でした。この場でエリウド・キプチョゲは1時間59分40秒2を叩き出し、条件付き(回転式ペースメーカー、給水車の並走等)ながら「人間が42.195kmを2時間未満で走れる」事実を世界に証明しました。当時、キプチョゲが口にした「No Human Is Limited(人間に限界はない)」という哲学は、世界中の長距離ランナーの心理的リミッターを解除する決定打となりました。
そのメンタルブロックの外れた世界に彗星のごとく現れたのがケルビン・キプタムでした。初マラソンから3レース連続で2時間1分台前半〜0分台を連発し、2026年シカゴで2時間0分35秒を樹立。当時のレース映像や現地メディアの取材記録からも、30km過ぎから独走態勢に入りながら笑顔すら見せるその圧倒的な走力は、世界中の陸上関係者に「公認レースでのサブ2達成は時間の問題」と確信させました。
しかし2026年2月、母国ケニアでの不慮の交通事故により24歳の若さで急逝。陸上界は計り知れない至宝を失うこととなりました。それでも彼が残した「2時間0分35秒」という数字は、後続のランナーたちにとって明確な標的となり、男子のみならず女子のチェプンゲティッチらによる歴史的タイムへと受け継がれています。