嵐の誕生劇は、芸能史に残るドラマチックなエピソードに満ちています。当時、ジャニー喜多川氏から「ハワイに遊びに行こう」と声をかけられたメンバーたち。しかし、現地で待っていたのは、白亜の豪華客船を貸し切った大規模なデビューお披露目記者会見でした。
会見場となったのは、オアフ島沖に浮かぶクルーズ船「スター・オブ・ホノルル号」。青空と海をバックに、真っ赤なオープンカーや船上デッキで堂々とポーズを決める5人の姿は、当時のワイドショーやスポーツ紙の1面を飾りました。
しかし、その華やかさの裏側には、メンバーそれぞれの複雑な胸中がありました。
リーダーの大野智、櫻井翔、二宮和也の3人は、当時すでに芸能活動の一線から退く、あるいは進学や留学を理由に事務所を辞める意向を固めていました。大野はイラストレーターの道へ進むことを考え、櫻井は大学進学を見据えて学業に専念する予定でした。二宮も演出や映画の勉強をするために渡米を視野に入れていた時期です。
一方、松本潤は早くからデビュー候補として名前が挙がっており、相葉雅紀に至っては会見のわずか3日前に「パスポート持ってる?」と聞かれて急遽メンバー入りが決まるという怒涛の展開でした。
それぞれの迷いや戸惑いを抱えたまま船上に立った5人。しかし、会見で見せた笑顔と「世界中に嵐を巻き起こす」という誓いが、結果として日本のエンターテインメント界を牽引する国民的グループへと成長する第一歩となりました。