中江滋樹氏が率いた「投資ジャーナル」が社会問題化する以前、絶頂期の中江氏は贅沢を極めた暮らしを送っていました。滋賀県近江八幡市出身の中江氏は、証券外交員だった父親の『会社四季報』を小学生時代から読み耽り、弱冠20代にして株式市場の寵児へとのし上がりました。その華やかな表舞台の裏側で、私生活においては家庭を持ち、妻と子供が存在していました。
当時の週刊誌報道や関係者の証言によると、中江氏には妻との間に複数の子供(息子・娘)が誕生していたと記録されています。一部のメディアでは「子供は5人いた」といった証言も散見されますが、中江氏自身が私生活の詳細を公にすることは稀でした。当時、中江氏は女性アイドルとの交際疑惑や高級料亭での豪遊など派手な女性遍歴が取り沙汰されていたため、家庭内は常に波乱含みであったと伝えられています。
しかし、1985年に詐欺容疑で警察の手が伸びると、家庭環境は一変しました。家族はマスコミの過激な取材攻勢と、巨額の被害を被った出資者からの怒号に晒されることになります。幼かった息子や娘たちを守るため、家族は世間の目から隠れるように転居を繰り返し、外部との接触を一切断つ生活を強いられました。