人懐っこい笑顔と軽口で周囲を笑わせる寅次郎ですが、そのバックボーンには極めて重い設定が組み込まれています。物語の舞台となる葛飾柴又帝釈天の参道にある草団子屋「とらや(後にくるまや)」において、寅次郎は決して手放しで歓迎された跡取り息子ではありませんでした。
公式の人物設定によると、寅次郎は父・車平造が芸者・菊との間に成した私生児、いわゆる「妾の子」です。昭和初頭の冬、赤ん坊の寅次郎は柴又のとらやの玄関先に置き去りにされ、平造の本妻によって育てられることになりました。腹違いの妹である諏訪さくら(倍賞千恵子)とは深い情愛で結ばれていますが、幼少期から「自分はこの家の正統な子供ではない」という引け目と疎外感を無意識に抱え続けていたのです。
映画の第1作『男はつらいよ』(1969年公開)の冒頭で明かされるように、中学生の時に父親と大喧嘩の末に家出をし、そのまま20年近くも音信不通となって全国を放浪しました。柴又の家族にとっても、寅次郎は突如として行方をくらました問題児であり、同時にいつ帰るか分からない傷痍のような存在でした。
年齢設定に関しては、第1作公開時の1969年時点で「20年前に家出をした」という経歴から、おおよそ昭和7年〜10年(1932〜1935年)生まれの30代半ばから後半と推測されます。劇中では明確な生年月日を固定せず、渥美清本人の実年齢(1928年生まれ)と緩やかに重ね合わせながら、40代、50代、そして60代へと成熟と老いのプロセスをリアルタイムで観客に見せ続けました。この「浮草のような経歴」と「拭いきれない出自の影」があるからこそ、寅次郎の底抜けの陽気さは見る者の胸を締め付けます。